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場外乱闘
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35年目の同窓会



 中学の時の同窓会を、35年目はここ京都で開く事になった。高井は「余計なお世話やナァ!ソレやったら出なアカンやないか!」、と、思ったが、忙しくしている彼にとっても、やはり懐かしくもあり、もちろん出席の返事は出したんだが、多少迷惑にも思っていると・・・その日はやって来た。

 当日は金曜日の夜だったのだが、つまりハナキンと言う訳だ。行って見ると、顔の解らないヤツも居たりして(殆ど全部だけど。)、幹事の指示に従って、まずは自己紹介。しかし皆、年を取ったナァ!オレもか、同じ筈である。・・・しかし彼女の事はすぐ解った、年の所為で様子はかなり違っていたけど。(だって、この人は、特別だもの!)

 皆、ナンだカンだ言って、もう明日の段取りを考えている。忙しくしているヤツは、もう明日帰るらしい。女子の大方は、京都見物らしい。やれ金閣寺に行こうとか竜安寺に行こう、とか言っていた。

 自己紹介もひとしきり終わると、カラオケの時間になり、皆、三々五々、好きな相手と好きな事を喋りだした。彼は当時親しくしているヤツが参加していたので、出された日本酒を飲みながら、昔話に花を咲かせた。案外、コンなのもエーナァ!とか思いながら・・・。だって何時もの営業トークはもの凄く疲れるんだもの。同じ様に人と話すだけなのに、利害関係が無いと言う事は、こうも違うものか・・・。

 そしてお開きの時間になって、彼が出口の方へ向かっていると、後ろから声をかけられた。
「高井さぁん!」振り返ると、彼女である。
「全然声をかけてくれなかったわね。」
「ソラァ、こう言う時に女と話す訳にイカンヤロ!基本的に。だいいち前の事知ってるヤツもいるヤロウし。」

「フーン、そう言う事カァ!高井さんも苦労したのね。世間的なお考えじゃない、ソー言うのって!」
「あのナァ!・・・ところで何?」
「なに?用事が無いと声もかけちゃいけないの、高井さんには?」
「イヤ、そう言う訳じゃないけど、・・・全く変わってないな、あの頃と、止めてくれるか、その、いきなり踵落としみたいなシャベクリ。」
「踵落とし?なんか乱暴な事みたいね!・・・マァいいわ、あのね、高井さんって京都よね。明日の晩なんだけど、・・・ヒマ?」

「明日は土曜日やから、緊急事態でも無い限り空いてるけど、なんや?」
「アノね、お昼は明美とかと京都を見て回るんだけど、・・・夜、案内してくれない?」
「それは構わないけど、他ならぬ君のお申し出やからな。・・・だけど君一人か?君の幼なじみの、財津 和子なんかが一緒なんて止めてくれよ!」
「あの人今回は来ていないわ、だいいち中学が違うじゃない。それとも本当は財津さんに会いたいんじゃない?あの人きれいだったし、それに関西に在住らしいわよ!」

「イヤ、そう言う訳では決してない。・・・ただ複数と一人じゃ、案内する所が違ってくるジャン。正直なところ。」
「前もって段取り的な心の準備がいるのね!アタシ ヒ・ト・リ・・・イヤ?」
「フーン、一人なんや。・・・解った、明日7時に行くわ、河原町御池東北かどの京都ホテル(現 ホテル オークラ京都)のロビーで。そこが解らない場合は、お泊まりの所で聞いたらすぐ解ると思う。」

 一軒目は、先斗町の焼き肉レストランで腹ごしらえを軽く済ませ、二軒目は同じ先斗町のBARに行った。

「マァ、素敵なお店!何だか青っぽいのね!あれ鴨川?」
 その店は、白と茶色を基調としているのだが、カウンターと大テーブルを青く染め付けているので、彼女は青く感じたのだろう。カウンターバックには鴨川と東山や比叡山を借景している大きな窓がある。内装的には贅沢な店である。なかなか難しい話だけど、こう言う店は大ハヤリしない、隠れ家的な使い方をされ勝ちだからだ。

「ここ、オレが図面引いたンや!」
「アラ、高井さんってそう言う事してるんダー!」
「いや、会社の本業はビル管理業なんやけど、こう言う事が好きなんやな、オレも会社も・・・。」
「フーン、そう言うものなの。」

「アラ!高井ちゃん、こんばんわ!いつものハーパーで好いかしら?」、と、オカマのマスターがやって来た。この人の軽妙な喋りが彼は好きである。ただ、今夜はぁ・・・チョット拙い。いつもこんな所に来ていると、彼女に思われたくはない。

「何にする?バーボンでエーか?」
「まかせるわ。飲めないお酒って無いから。」

「この人は同級生、今夜は同窓会で京都に来ているんだ。・・・水割り二つ。」
「おきれいな方、今まで高井ちゃんが連れて来た人で一番キレイなんじゃない。怪しいわネェ、そう言うの、それでお二人だけ?カップルなんて?焼けぼっくいに火が点くんじゃないの?」と、マスター。
「いらん事言わんで、エーから。・・・シッシ!」、と、キープボトルをカウンターに置こうとするのを慌てて制止すると、彼はマスターを追い返した、

バーボンの水割りで好いという彼女に、
「ヤッパリね、そう言うところは昔と変わってないんだ!」
「そう言う事だけど、何よ、それ?昔、昔って!何だか私だけ凄く年取ってるみたいじゃない、ソリャァ、確かに若くはないけど!一緒よ、高井さんも、だって同級生なんだもの。」
「ソリャ、ソーダ!・・・ところで、この香りゲランの『夜間飛行』?ナンか、古いヨーロッパ映画みたいやナァ!」
「隅に置けないわね、高井さんも。女の香水を当てるなんて・・・。今夜は香りの強いものにしました。だって、どこに連れて行ってくれるか解らなかったんだもの。」
「フーン、・・・それだけ?」
「それだけよ。」
「ナンだか、色っぽいな、」
「考え過ぎじゃない!」と、言って彼女は一杯目のバーボンを飲み干した。

「ところでね、高井さん。あたしどうしても高井さんに聞いておきたい事が有るの。ネ、なんで昨日の晩、廊下で声を掛けたと思う?そしてなんで、今ここにアタシが居ると思う?」
「サーッ、何でヤロ?」と、言いつつ彼は、怪しい期待に胸膨らませた。

「あの時、つまりアタシ達が19の春に、何で音信不通になったの?」
「・・・あの時ネェ!・・・イヤな思い出やな。イロイロ有るンやけど・・・まずオレは大学受験に失敗した。次に、オヤジが商売に失敗した。そして、何よりも、君に愛されていないと思った。・・・それでエーか?」

「なるほどね、だけどその三番目。・・・私はあなたを愛していたの、かつて。
あなたが解らなかっただけじゃない!そりゃ言い過ぎた事も有ったかも知れない、二人とも若かったし。でも私はあなたを愛していた。・・・その後、四年もあなたからの連絡を待ったわ!いい、あの花みたいな時期に四年よ!ヨ・ネ・ン。
あなたは確かに、中三の時から私を愛してくれていたかも知れない。それを考えると四年と四年でおあいこって訳ね、でもね、あなたの気持ちを受け入れた高三の時の一年間も入れると私の方は五年よ、私の気持ちはどうなるの?それを高井さんにどうしても言っておきたくて・・・。」と、彼女は口惜しそうに壁の方を見つめた。

「・・・ソリャァ・・・だってお前・・・。」と、シドロモドロになる彼、(イカン、完全に迫力負けしている。)

「『お前』なんか、言わないで!」彼女は振り向きざま語気鋭く、そう言って彼を睨んだ。
「お前って言わんと何チュウネン?フルネームで畠中 俊子さんて言うのか?」
「ホラね、旧姓しか知らない!結婚したので、姓は変わりました!」
「そんならナンチュウ名前や?」
「教えない!」
「・・・。」

「ホラホラそこの二人、ケンカしない!他のお客さんがビックリするじゃない!」 マスターが仲裁に入った。
「ア、ゴメン、ゴメン!ホンマやな。この人、おなかが空いたンやと思う、おでんでも食べに行こうか?」
と、ほうほうの体でその店を出たのだが、幸いその店のあるビルの斜め前は、知っているおでん屋であった。

 おでん屋では、互いに当たり障りの無い話に始終した。二人とも大人になったモノである。32年前なら、大喧嘩になっていた筈だ。

「送るわ、どこに泊まってるンや?」
「烏丸通りの○○ホテル。」彼女は、素直に答えた。
「烏丸丸太町上がる100メーター。」
「そのホテルなら行きますよ。」と、会話を聞いていたタクの運チャン。
「ヤボ言わんでいいから、言った通りにしてくれ。」と、彼。
彼女と最後の話がしたかった。(オレの事が好きやったなんて、それってコクってるンと違う?)

 ホテルの手前で二人はタクシーを降りた。
彼等は烏丸通りの暗がりに佇んだ。時おり通る車のヘッドライトが、彼等を照らす。もう11月だ、夜は結構冷える。

 彼はいきなり彼女を抱きしめた。彼女も嫌がらなかった。ただ、その瞬間、二人の間に立ちはだかる三十数年の歳月のタブーが、モワーッと立ち上って来た。(良くあるオフザケでこう成っているんじゃない、オレ達は。・・・オレは、手に入れてはならないものを、手に入れようとしているのかも知れない。)

 彼女の柔らかさ、髪の匂い、重み温かみ、香水『夜間飛行』の香りがからむ彼女の匂い、車のライトが彼等を照らした。一瞬彼女が、昔の若い時分に戻った気がした、そして彼は、不覚にも勃起してしまった。しかしその事を彼女に対して、不謹慎だとか失礼だとか下品だとか思わなかった。むしろ彼女はそれが合図の様に、激しく身を寄せて、擦り寄って来た。彼はそんな彼女が愛しくて、力の限り抱きしめた。

 彼女が言った。「わたしの事、お前って呼んで!」
「お前を、愛している、今でも!」
「・・・」
「・・・」

 抱擁は続いたが、それだけだった。彼等は口づけさえもしなかった。三十数年の歳月が、彼等の心に重くのしかかって前に進もうにも、彼等に前など無い事を示していた。今までの全てを捨てるしか、道はないのだ、この恋には、・・・そんな事を高井は考えていた、もちろん彼女も・・・破滅の恋なのだ。

「ホテルはアソコだよ、あの明かりが点いている所・・・歩こうか。」
ホテルの外灯に照らされた彼女は、泣きながら笑っていた。
「あなたの事を忘れない!決して!・・・そして、本当に私の事『お前』って呼んでくれるのは、あなた以外にはいないのョ!」
「オレもお前の事を忘れない!」
追いかけるなら今しかない!と、思いつつ彼の足は一歩も動かなかった。さっきと同じ思いが彼の頭の中で渦巻いた。

 そして彼の見つめるなか、彼女はホテルの玄関に消えて行った、

 恋は終わったのだ。

 彼は何かいたたまれない思いがして、早足で歩いた。烏丸通りを渡り、蛤御門をくぐり、御所を北に抜け、同志社女子大の横を通り、気が付いたら今出川大橋の中程にいた。欄干の手摺りにもたれ、川面を見つめると鴨川三角州が、黒いシルエットになって、川の音だけが聞こえた。流れるさざ波はユラユラと絶えず形を変え、京阪出町駅の白い明かりを写していた。

「今更、どうしろって言うんだ?・・・愛してたんだって?・・・どうしようも無いじゃないか!」と、多分、彼は声を出してそう言った。そうして再び川面を見つめた。同じ様であり、決して同じではない出町駅の明かりの反射を見ながら、彼女と歩んだかも知れない自分の人生を思った。肩が震えていた、嗚咽も漏れていたかも知れない、

 暫くして、高井は欄干の手摺りに背中をあずけると、胸のポケットから、ロングピースを取り出し、火を点けた。煙を空に吐き出すと、夜空は良く晴れていた。(多分、何万年も前から、同じなんだろうナァ、この空は。・・・変わり移ろい行くものと変わらぬものカァ!)

「この気持ちのままでは、家に帰れんナ。」
高井はタバコの火を手摺りの裏側で消すと、タクシーを掴まえ銀閣寺に走らせた。

 そのBARは七分方客が居たものの、皆、帰るところだった、彼はカウンター席に座ると、ウィスキーをロックで注文した。カウンターの反対の端には、若い男が一人で酒を飲んでいた。こんな気分の時に店が静かなのは丁度良い、お店には悪いけど・・・。ボブ・マーリーのレジェンドが鳴っていた。

 二杯目のウィスキーを飲み干すと、その店は安いので、余分目に金を置くと、
「マスターとそのお客さんに一杯づつおごるヮ!」
と、言って店を出た。そこから、家までは歩いて帰れるのだ。

「ヤレヤレ、石の上にも3年って言うけど、もう30年カァ、あと30年ガンバレって事か、寿命が有ればな。でもこんな事は最期やったかも知れんナァ・・・オレ間違ったかナァ・・・未練ヤナ!オレ達の場合『愛の流刑地』と違って『愛が流刑地』やもんナァ。『て・に・を・は』でエライ違いャ!・・・しかし、凄い同窓会だったゼ、一生忘れんナァ!」高井の乾いた笑い声が静かな住宅街の夜に響いた。

 失ったもの、それはこの場合、時間だけど、決して、取り戻す事は出来ないのだ。